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『法律(ほうりつ)』
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今日法律といえば国家で決めた規則・法令のことをさし、国会が立法機関となっていることは皆さまよくご存じのとおりです。日本の法律を歴史的に逆のぼると十七条憲法とか大宝律令に行き当たります。が、もっともっと逆のぼると中国を経てインドへぬけ、お釈迦さまのところに達してしまうのです。法とはダルマの漢訳でお釈迦さまがお説きくださったこの世の真理とか、社会的秩序、あるいは善い行い等のことです。また律とはヴイナヤの漢訳で、お釈迦さまが弟子に悪行ある毎にその行為の禁止と罰則とを規定された条項、いわば教団の生活規則です。
仏教教団の最初は法も律もありませんでした。しかしお釈迦さまの教えの量が増大し、仏教教団が大きくなるにつれて自然に、仏法として戒律として体系化されてきたと思われます。この流れは一般社会においても同様でしょう。国家が小さいうちはただ一人の王様、もしくは酋長の意志によって治められていることも可能ですが、ある程度以上の大きさを持つ国家になると、国民としてなすべき条項、なさざるべき条項が定められるようになります。いわゆる法治国家の出現となりましょう。
仏教教団はお釈迦さまが生きておられる頃は、お釈迦さまに相談しつつ治められておりましたが、お釈迦さまの後はこの法律によって治められるようになりました。お釈迦さまは、亡くなられる時、「自分が死んだあとは法をともしびとし、戒律を守って暮らせよ」と遺言なさいました。お釈迦さまの法も律も絶対的なものであることを考えれば、法律は常に真理にかなっているものでなければなりませんし、皆が仲良く暮らすためにあるものでなければなりません。皆で法律を真の法律たらしむべく関心を持って暮らしたいものです。
仏教徒は智慧を身につけなくてはいけません。智慧の宝庫でありお経の中身をよく研究してみたいものです。
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| 合 掌 |
| 令和4年6月の言葉より |
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