最終更新日:平成30年4月2日








石の上にも三年

 辛抱(しんぼう)していれば、やがては成功するから頑張れということを「石の上にも三年」などと言いますね。
これは、何かの故事による( たと)えだと思うのですが、いったいどこの誰が石の上で三年頑張ったというのでしょうか。石の上で何を成し遂げたというのでしょうか。

 今から2000年も前のお話ですが、インドにバリシバ尊者というお方がおられました。この方は80歳という高齢になってから出家され、フダミダッタ尊者の弟子となられたのでしたが、「我、出家してもし三蔵を学通し、三明(さんみょう)を得ることなくば、誓って脇を席に着けず」とばかり、大変な修行を続けられたのです。
 仏教の修行は、学問もさることながら、樹下石上(じゅげせきじょう)での座禅を大切にいたしますね。尊者は座禅石の上で座禅を組んだまま、三年も脇を席に着ける(横になって休む)ことはなかったということです。その甲斐あって遂に無上の悟りを得、お釈迦さまから数えて10代目の祖師となられました。このお祖師様は脇を席に着けて横になることがなかったことから、第十祖脇尊者(きょうそんじゃ)という名で今日まで敬われておりますが、幼い頃、ある仙人から「この子は( ぼん)にあらず、法器となるべし」と予見されたことがあるそうです。まさに大器晩成、(とし)をとっても法器となるべきは、ちゃんと法器になるんだなあ、と感心せざるを得ません。
 ところで54代目の祖師、螢山(けいざん)禅師は、その著『伝光録』の中で脇尊者の話に添えて、こんなことを述べておられます。「心身徒に(しんしんいたずら) 放捨(ほうしゃ)すること(なか)れ、人々(ことごと)く道器なり、日々是れ好日なり、只子細に参と不参とによって、徹人未徹人あり」[人は皆、仏道を成し遂げることができるもの、只やったかやらなかっただけだ、せっかくの人生を無駄使いせず、毎日を好日とせよ]ということでしょう。石の上にも三年、私たちもやってみようではありませんか。

合 掌
平成30年4月1日

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