最終更新日:令和8年8月3日








『門前・門前の小僧(もんぜん・もんぜんのこぞう)』
 「門前の小僧習わぬ経を読む」とは、日ごろ接しているものには知らず知らず感化されて、その影響を受けることの(たと)えですね。この門とはもちろんお寺の門ですが、門前とはどの範囲でしょう。仏教辞典によれば「家から門に至る間のこと」です。もちろん敷地内(しきちない)ですから、門前に居る者は内情に詳しいことは当然ですね。
 寺院の敷地は広いこととて、江戸時代、名目上は境内(けいだい)となっている部分に町家を建てさせ、寺院の収入をはかることを致しました。この部分を門前地と申します。
 また門前町(もんぜんまち)といえば、元々は参道に沿()って発達した町のことで、町の人々は参詣人目当てに土産物を売ったり、宿を貸したりして生計を立ててきたわけです。今日、門前町と言えば、善光寺の長野市や、新勝寺の成田市など、寺院を中心に栄えてきた町を指しますね。あるいは、伊勢神宮の伊勢市など鳥居前町(とりいまえまち)も含めて門前町と表現しております。石川県の門前町(総持寺の門前町)のように、地名そのものを門前と名乗っているところもあります。門前は、大小を問わなければ、全国いたるところにある地名と言えましょう。
 「門前の小僧」も多いわけです。寺院があれば必ずと言っていいほど門前があります。門前と名乗らないまでも、そんな門前に住んでいれば自然と寺院のことに詳しくなるし、お経も覚えようというものでしょう。
 いや、日本人は仏壇というものを家庭内にお迎えしております。この仏壇に向かって毎朝お経を読むおじいちゃん、おばあちゃんの声を聞いていれば、やはり、いつの間にか習わぬ経を読んでしまうでしょう。
 日本人には自然に仏さまの教えが伝わり、お経を読む要素が充満しております。将来の日本人のために「理想的な門前」を提供し、習わぬ経を少しでもあり難いもの(良い影響)にしておいてやりたいものです。
合 掌
令和2年8月の言葉より

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