最終更新日:平成29年12月4日





第128回常光院投句箱開き
天 賞 大寺に抜け道ありて竹の春 大澤 頴子 作
地 賞 名刹の木々のうねりの野分かな 清水 慧子 作
人 賞 名刹や一期一会の夕紅葉 橋田 節子 作







会 釈(えしゃく)

 「軽く会釈する」「会釈を交わす」・・・「会釈」という語を現代の我々は、軽いあいさつと受けとめています。ですからその形態も、すれ違いざまにニッコリ笑ったり、片手を上げたり、小さく礼をするといったささいな行為になるのが一般的だ。しかし、そのような何気ない、あまり重要とは思えない日常行為を表す文字としては、会釈はいささかかたい感じがいなめません。
 実はこの語は、仏教の中ではもっともむずかしいニュアンスがこめられていたのです。この語は「利会通釈(りえつうしゃく)」を略したものとされています。つまりは、互いに矛盾するように見える説を照合して、その間に、合い通じる意味を見いだして融和させることで、これまた、「会通」とも呼ばれました。事情を理解する、合点する、といったぐあいに俗っぽく解釈することもできるでしょう。
 それがやがて相手の気持ちを考慮し、心配するという意味になり、思いやり、愛敬へとつながり、現在の我々が使っている、軽いしぐさへとなるわけです。
 しかし現代人が交わす会釈は、相手を理解するというより、敵意がないから安心ですよ、といういささかごまかしめいたニュアンスがこめられている、と考えられはしないでしょうか。本当の会釈とは、あいまいな妥協ではなく、真の対立から生まれるものかも知れません。
合 掌
平成29年12月1日
ひろさちや監修 「仏教のことば」早わかり事典 より

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