最終更新日:平成30年8月8日










次回 「立冬投句箱開き」は平成30年11月7日(水)に行います
境内を吟行していただき、ふるってご参加ください。







鬼籍に入るきせきにいる

 平成30年もまたお盆が巡ってまいりました。毎年毎年新しい年が来、新しい命が生まれる一方で、お盆の新霊棚に祀られる魂もあとをたちません。ところで、新たに亡くなることを「鬼籍に入る」と言われることをご存じですか?
 人間であることを卒業したら次は成仏して仏に成るとばかり思っていたのに、鬼の籍に入るとはいったいどういうことなのでしょう。実はこの語の中に仏教の、いやインド伝来の原始思想が込められているのです。
 昔、インドでは「人は死ぬと先ず暗黒の世界へ行く」と考えられました。この暗黒世界の死者の霊をプレータといいますが、これを訳したのが鬼という語です。だから鬼とは元来単なる死者のことであり、子孫から祀られない死者は餓えている鬼、つまり餓鬼(がき)と称されたのです。その鬼たちが死後、それぞれの供養を受けることに依って神仏になるというわけです。この考えが中国に渡り日本に伝わると、いわゆる霊とは別に、鬼という全く別のものが独立して考え出されるようになりました。そして今では「あなたの先祖は鬼だから供養しなさい」などと言おうものなら大変なことになるという次第です。
 もっとも夜叉(やしゃ)を鬼神、羅刹(らせつ)悪鬼(あっき)と漢訳してましたし、阿修羅(あしゅら)は鬼ということもありましたから、全部がゴチャゴチャしてしまったとも言えるでしょう。とにかく死者に対していだく一種の恐ろしさが鬼と結びつき、鬼とは恐ろしいものということになって、現在の恐ろしい鬼の姿が固定化してきたといえます。
 いずれにしても鬼とは元来は単なる死者の意ですから、「鬼籍」とはすなわち死者の姓名を記した過去帳のことであり、鬼籍に入るとは死んで過去帳に記入されることだということも納得できますね。鬼も餓鬼も霊も、もう一度その語が作られた時代を考えてみる必要がありそうです。それと同時にくれぐれも供養の心を忘れないようにしたいものですね。
合 掌
平成30年8月1日

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