|

|
『自業自得(じごうじとく)』
|
「こんな目にあうのも自業自得だ」などと使い、自分の業は自分でその報いを受けるという意味ですね。
業とは、人間が為す行為のことです。すなわち、体での動作、口での言葉、心に思う考えの三つをさし、これらを身口意の三業と言います。この身口意の三業は因果関係とつながっていて、無限の過去から無限の未来へと伸びています。そして悪い業が原因となれば悪い結果、善い業が原因となれば善い結果がその報いとなり、輪廻してゆくわけです。
経典によると、私たちがその報いを受ける時期には三つあり、すぐ受ける場合、しばらくして受ける場合、忘れた頃受ける場合とがあります。酒を飲むとすぐ赤くなり、飲酒運転で免停なんていうのは第一の例でしょう。また、歯を磨かないでいて虫歯になったり、若い頃の不節制が年老いてからたたったりするのは、第二、第三の例でしょう。この世でやったことの報いはこの世で受ける。この世で受けなければあの世で受ける。あの世で受けなければ、さらに次の世で受けるという風に、引き伸ばして考えることもできます。とにかくいずれは、善業、悪業の報いを受けなければならないのですから、前後を考えないでバカなことをしでかして、「うまくいった」などと、得々としていると後で毒を取られることになります。この世で好き勝手わがままに生きていては、あの世でとられる毒は、どんなにひどいでしょう。
善い報いを受けるためには、こうして元気に生きているうちに、ぜひ良いことを積み重ねておきましょう。そう、積立貯金は、後で受ける程たくさんのお金となっています。
|
| 合掌 |
| 令和3年11月の言葉より |
|
|