|

|
『大人・小人(だいにん・しょうじん)』
|
いろいろな施設で入場券を買う時、窓口によく大人はいくら小人はいくら、と書いてあるのを見かけますね。もちろん大人はおとなと読ませ、小人はこどもと読ませ、これらを分けて料金をいただこうというのでしょうが、どこからが大人でどこからが小人なのか。まさか背の高さや太り具合で区別はしないでしょう。在学校や年齢で区別するのでしょうか。それにしても中学生は大人なのか小人なのか、扱いに困ってしまいますね。中学生は感じやすい年頃ですから「もう大人なんだから・・・・」と言われたあとに「小人のくせに・・・・」などと言われると本当に悩んだりします。
大人になるって本当はどういうことなのでしょうか。実は大人は元々仏・菩薩の呼称だったのです。それが敬意を表して長老をもそう呼ぶようになり、徳のある人を誰でもそう呼ぶようになり、だんだん下がって、一人前のものを一般的にそう呼ぶようになりました。だから本来は大人になるって大変なことだったわけです。遺経には、八大人覚といって大人であるための八つの条件が示されております。すなわち、少欲・知足・遠離・精進・不忘念・正定・智慧・不戯論を行ずることがそれですね。また「能く忍を行ずる者は乃ち名づけて有力の大人となす」ともありますから、堪え忍ぶことが文字通りの大人(おとな)しいことなのかもしれません。体だけ大きくなって齢だけとっても、仏道を修めなければおとなにはなれません。
伝教大師最澄様は「大道未だ弘まらず、大人興り難し」といわれました。はやく道を求めて大人になりましょう。また、小人とは大人の反対語で、閑居して不善をなす輩が小人です。いわゆるこどもは子供であって小人という蔑称はあてはめるべきではないと思うのですが・・・・。
こどもの中にも大人が居て、おとなの中にも小人が居ます。
|
| 合 掌 |
| 令和3年10月の言葉より |
|
|