最終更新日:令和8年2月13日








『医・医薬(い・いやく)』
 現代では「医薬」が仏教から独立し、医と薬も分業される時代となりましたが、医も薬も仏教と深い係わりを持ってまいりました。
 古代インドでは五明(ごみょう)と言って、必要な学問を五種(①声明(しょうみょう) ②工巧(くぎょう) ③医方明 ④因明 ⑤内明)に分けておりましたが、仏教はこれらの五明をそのまま引き継ぎ、中国や日本の寺院でも、これらを学ばせてきたのです。学問寺と称される大寺には医学部(()方明を()()所)を設置しているところが多かったという歴史的事実がこれを物語っております。
 医とは病を治療することですが、身体の(やまい)ばかりでなく、無明や煩悩に犯された衆生の心をいやすという部分を忘れてはなりません。
 お釈迦様は()という薬を与えて病を治されたことから、お釈迦様を医者にたとえて医王如来などとも言います。薬師如来はお釈迦様が五如来と展開して、更に慈悲を具象化した仏となられたものでして、病気を治し安楽を得させてくださる有難い仏様ですね。

 仏様が医者に喩えられるものとして、法華経にはこんなお話が載っております。
 ある良医の子供達が毒を飲んで苦しんでいた時、父である医者は子供らに良薬を与えました。子の病をいやす為に方便も使いました。そのおかげで子供たちは助かったのですが、この場合、医者とは仏様のこと、子供達は衆生、毒は邪教で良薬は法華経です。

 ところでこの子供達は良薬といえども、すんなり飲んだわけではありません。服するかしないかは子供(衆生)次第です。遺経にある「我は良医の病を知って薬を説くが如し、服すと服せざるとは医の(とが)(あら)ず」という一文がこのことをよく物語っているでしょう。
 私達はすなおになって、仏様の処方箋に従う薬を服用し、無明や煩悩の苦から速やかに脱したいものです。
 まさに仏教は現代医学の出発点であり、そのあり方は医のあり方と同じといえましょう。
新型コロナウイルス感染者の方々のため、日夜たたかっておられる医療従事者の皆様に、心から御礼を申し上げます。
合掌
令和3年2月の言葉より

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